矜持を持つ父

不義理で会っていなかった親父と会った。死を目前にもう会えないかもしれないということだったから。

 

まだ親父と会わせていなかった嫁に、前夜今までの経緯を話した。やはり一度家族を捨てた親父を許す気は無いと言った。だが嫁には義理の父、ましてやお腹の子には祖父だ。

更に、今のわたしには妻がおり、子を授かり、好きな仕事をし、衣食住も脅かされていない。この状況はギフトとして、親父お袋からいただいた身体と精神を基盤としているのも事実だ。

相反する気持ちを話せたことで、自分でも整理できた状態で当日を迎えられた。

 

妹の運転は安心だったが、山奥の病院に近づくと少し緊張した。車を降り、先に様子を見てくると言う妹と母を見送る視線の先に、精神科という表示。ズキンと来た。LINE通話で上がってこいと言う妹が、ピンポン押すと鍵を開けてもらえるという言葉にも。

 

窶れて体重は半分、暴れて周囲の手を焼かせたと聞いていたが、面影がある顔つきに少し安堵する。どう接するか顔を見て決めようと思っていた。言葉が出てこない。責める言葉が出てこなかった。次の瞬間、8月に子供が誕生する予定であること、今の幸せは親父に貰ったギフトのお陰であると言う言葉が口から出ていた。

痩せ細った足を擦る手を止めない親父から

ありがたいと小さな声が聞こえた。一瞬古ぼけた顔に嬉しそうな色が見えた。毎日朝から晩まで働き、ずっと家族を大切に育んでくれていた父がそこにいた。十分だった。

 

孫を見せに来ると約束し、病院をあとにした。精神に異常がないにもかかわらず不自由を必死に受け入れている父はその日暴れなかった。

 

ずっと連絡をしなかった俺を責めることはもちろん、家族を捨ててまで自由に生きた自らに恥じることもしない。そんな親父の矜持を感じた。嬉しかった。

 

いまは、次会うとき何をしたら父が一番嬉しいだろうかを考えている。くしゃくしゃな笑顔が見たいと、それだけを想っている。